FC2ブログ

コール首相の号泣

 欧米の政治家は、絶対に人前で涙を見せてはいけない、と言われる。欧米では、政治とは「友敵関係」(カール・シュミット)という考え方がある。涙を見せれば、敵に敗北したことになる。

 しかし、今から19年前の1996年1月、ドイツのテレビは号泣するコール首相の姿を大写しにしていた。

 この年の1月8日、隣国フランスのフランソワ・ミッテラン元大統領が死去した。当時、現役のドイツ首相だったヘルムート・コールは、パリのノートルダム寺院で行われたミッテランの葬儀に参列した。その葬儀がドイツでテレビ中継され、人目をはばからず大粒の涙を流すコールの顔をテレビカメラがアップで抜いていた。

 私は当時、ケルンにあったドイツ内務省の国営放送局、ドイチェ・ヴェレで仕事をしており、ミッテランの葬儀は自宅のテレビで観た。翌日、放送局の同僚と「コールの涙」について語り合った。

 ミッテランはフランス社会党の大統領。コールはドイツの保守党、キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)の首相。政治的立場は正反対、ともいえる。しかし、2人は同志だった。

 人権、民主主義、そしてヨーロッパ統合、という価値について、2人は意気投合していた。東西ドイツの統一。これに、もしフランスが異を唱えていたら、実現することはできなかっただろう、と放送局のドイツ人の同僚は解説してくれた。ヨーロッパには、ナチスの経験から、「強いドイツ、大きいドイツ」に対する警戒感がある。かつてレジスタンスの闘士としてナチスと闘ったミッテランは、拡大ドイツに異論を唱える可能性もあった。

 しかし、当時のミッテラン大統領は、戦後ドイツの政治・外交を評価し、「ドイツを信頼する」、と言い続けてくれた。統一ドイツ、そしてドイツを含む統合ヨーロッパ、という方向に舵を切ろうとしたコールをミッテランは支えた。東西ドイツ統一、拡大EU。これらは、コールとミッテランの共同作業であった、ということができる。

 政治的イデオロギーは異なっても、価値を共有する親友、同志だったミッテランとコール。

 日本の政治家が死んだとき、他国の首脳が大粒の涙を流す、ということがかつてあっただろうか。そして、これからあるだろうか。

 今回のパリの新聞社襲撃事件は、世界の中のどの国が、どの政治家が、基本的価値を共有しているのか、を示すリトマス紙だった。どこまで深いコメントを出せるか。そして、パリに駆けつけるか。このようなところを世界の人々は見ている。
スポンサーサイト



コメント

Secret

プロフィール

山本 清

Author:山本 清
08035905526
inzaiyamamoto@gmail.com
21年前に千葉ニュータウン本埜村滝野の住民になり、合併問題(市町村合併に一部の政治家が反対した問題)を機にリコール事務局長を務めて本埜村議になり、合併後は印西市議に。東大法卒。元新聞記者。現在は印西市内で英語教室を経営。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR